2010年4月12日月曜日

長崎観光 「亀山社中記念館」 ♪♪♪

先に載せた龍馬像のある風頭公園を探索した後、一時間並んでやっと中に入ることができました。
中の様子をどうぞご覧下さいませ。
参考コース長崎さるく:http://www.saruku.info/course/Y012.html

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http://www1.city.nagasaki.nagasaki.jp/kameyama/


坂本龍馬(1835~1867)は、土佐国高知城下(現在の高知県高知市)に生まれ、江戸で剣術や砲術の修業の後、帰国して土佐勤王党に加盟しました。その後土佐を脱藩して幕臣・勝海舟の門人となり、勝塾や神戸海軍操練所に学びました。

*元治元年(1864)以降操練所が閉鎖されたため、脱藩者の龍馬と同志たちは薩摩藩に保護され、鹿児島を経由して長崎にやってきます。

*慶応元年(1865)夏頃、薩摩藩や長崎商人・小曽根(こぞね)家の援助を受け、日本最初の商社といわれる「亀山社中」を結成しました。この団体は、龍馬らが最初に拠点を構えた地「亀山」と、仲間・結社を意味する「社中」をあわせてそう呼ばれました。亀山社中の最大の業績は、

*慶応2年(1866)に、長州藩のために薩摩藩名義で大量の小銃や蒸気船ユニオン号(桜島丸・乙丑丸)の購入・運搬に成功したことです。そのことが、

*慶応2年(1866)1月の薩長盟約締結へとつながり、新しい時代をひらくための足がかりとなったのです。
上記の記事は、下記のHPのコピーです。
http://www1.city.nagasaki.nagasaki.jp/kameyama/outline/kameyamashachu.html

門をくぐった後こんなお庭がご覧になれます。




このお写真何だと思いますか?












そうです!こちらは、井戸です。こちらの記念館復元部分がほとんどで、かつての姿を残しているのがこちらの井戸だそうです。何か歴史の手がかりは?と中までのぞいてしまいました。








外から見るとこんな風です。









こちらは、建て物の中から見える中庭です。









龍馬が着ていたといわれる等身大サイズの着物が展示されていました。そして、隣にはブーツも!




勿論こちらも復元版です。









龍馬の奥様おりょうさんが使っていたといわれる楽器です。(復元)












復元版ですが、刀などもありました。








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